福島地方裁判所 昭和24年(行)117号 判決
原告 遠藤保隆
被告 石戸村選挙管理委員会
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告は、被告の原告に対する石戸村議会議員解職請求受理はこれを取り消す。昭和二十四年九月二十七日告示の解職請求に基く投票は無効とする。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。
三、事 実
請求の原因として、被告は、昭和二十四年八月二十六日付石戸村大字石田字下屋敷菅野福一外五十三名代表の原告に対する村議会議員解職請求書を受理した。右解職請求者の請求の理由とするところは、次のとおりである。
一、原告は、村議会議員の職をかさに、村長を指示し、独裁横暴を極めている。これを例示すると、
(1)石戸村大字坂ノ上部落村民税賦課徴收令書を、村長が配布しないのは、原告の指示によるものである。
(2)石戸村住民税賦課等級審議の村議会において、原告は、経済委員長の職をかさに、その等級を自己のために左右し、独裁の本能を発揮した。
(3)昭和二十四年八月二十一日解職請求代表者主催の石戸村村民大会で、村議会議長齋藤司が、「原告は、経済委員長として、議会において、他の議員に事案についての調査研究の時間を與えないような提案説明をする」といつたが、原告には、そのような例が多い。
二、前記(3)の村民大会に原告の出席を求めたが、出席しなかつたことは、請求代表者の意思を無視したものである。
以上が解職請求の理由であるが、右一の(1)、(2)、(3)の主張は、事実無根であり、又右一、二のような事実は本請求の理由とはならない。且つ、本請求には次のような違法がある。
一、解職請求代表者は、署名を求めるのに、その理由を明示せず、党を組んで、戸別的に訪問し、強要して署名させた。
二、署名は、錯誤、詐偽、脅迫、利益誘導、代筆によるものが多数ある。
すなわち、代筆による署名者約三百名を超え、不法手段により署名させられた者は約六百数十名に達しているから、合計約千名は、眞意に反して署名したのである。從つて、署名者総数からこれを差し引けば、選挙有権者総数二千二百十五名の三分の一以下となつて、法定数に達しない。そこで原告は、同年九月十六日付で、被告に右請求受理に対し異議の申立をしたが、被告は、何等の措置をとらなかつたので、九月二十八日重ねて異議の申立をしたところ、被告は、署名者中他筆の疑ある字体の署名者十六人の出頭を求めて、これを確めたところ、その一人から大声を発せられたので、審査はできないとし、署名者中その取消願を書面で提出したものがあつたのにかかわらず、何等の審議もしないで、請求署名者数は、法定の三分の一以上になつている。その他については、被告に審議権がないとの理由で、異議を却下すると決定した。原告は、同年十月十日付で、再審査を求めたが、被告は、署名簿に署名し、印を押した者が、選挙人名簿に登録されている者であることを確認すれば足り、その請求の当否を審査する権限はないから、被告の受理は、何等不法の措置ではないとの理由で、再審査の要求を拒否し、同日付の議決で、解職投票期日を同年同月二十七日と告示した。しかし、右のように違法は解職請求を受理した被告の行爲は、違法で取り消されるべきものである。
次に、地方自治法第二十四條は、普通地方公共團体の議員及びその長の選挙は、これを行うべき事由の生じたときは、その日から六十日以内に速かに行わなければならない旨を規定しているが、これは、選挙を行うべき正当の事由がある場合の意であつて形式上解職請求のあつた総ての場合を指すものでないことは、明らかなところである。本件解職請求は虚偽の事実や不当な行爲のもとにされたのに、被告は、請求の当不当を審議することはできないとし、何等の審議もしないで、右解職請求を正当化し、選挙施行の議決をしたものであるから、右議決は違法である。又選挙管理委員会は、リコールに対し実質的な審査をする義務はないが、かかる権限を有するのであるから、本件のような場合には、被告は、当然與えられた権限によつて、実質的審査をしなければならないのに、これを怠り、直ちに、解職投票期日を告示したのは違法である。從つて、右違法な議決及び告示に基く投票は無効であるから、その確認を求める。
更に、石戸村々政改革期成同盟会(解職請求代表者等からなる團体)名義で、投票用紙と同一ひながたの賛成者欄に遠藤保隆と表示した印刷物数千枚が作成されたが、被告は、本件賛否投票に関する注意事項と称し、投票期日三日前石戸村各部落毎に部落世話人その他を派遣し、その部落内有権者を一定の場所に呼び集め、あたかもこのとおり投票用紙賛成欄に記入せよといわんばかりに、右印刷物を配布せしめた。被告の右所爲や、署名取消願を審査しなかつたことは、本選挙の準用規定である衆議院議員選挙法第百十五條第百十六條の規定に該当するもので、職権を濫用して、選挙の公平と自由を妨害したものといわなければならない。昭和二十四年十月二十七日施行された投票の結果は、有権者総数二千二百八名のうち、投票総数千三百八票、有効投票千二百七十六票、解職賛成千百四十六票反対百三十票であつたが、若し、被告の右行爲がなかつたとしたなら、解職賛成者の約半数は、反対投票をしたであろうと思われるから、原告の解職賛成投票は成立しないこととなるのである。投票の結果は、しばらくおくも、被告の右所爲は、本件選挙の結果に重大な異動を及ぼすものであるから、被告の本件選挙の管理行爲は、法規に違背したものであり、原告は、この点においても、右投票の無効確認を求めるものであると述べ、証拠として甲第一乃至第十五号証を提出した。
被告は、主文第一項同旨の判決を求め、本訴の不適法な理由を次のとおり述べた。
一、議会議員の解職の投票については、地方自治法第八十五條の規定により同法第四章の規定が準用されているから、同法第六十六條の規定が準用され、「選挙又は当選の効力」に関してのみ、異議申立をし、その決定に不服の場合は訴願をし、これが裁決に不服の場合は、裁判所に出訴の途が開かれているので、代表者が掲記した解職の請求の要旨又は署名の代筆等いわゆる投票の手続の進行過程においては、救済策はなく、なお議員解職の手続進行中は、解職を請求された議員に対する権利の侵害はないのであるから、解職請求の受理は行政訴訟の対象とならない。
二、行政事件訴訟特例法第二條は、訴願前置主義を採用しているのであるから、現在の法制下にあつて、訴願の手続を経ないで提起された訴は、訴訟要件をけんけつするものである。
以上、一、二の理由によつて本訴は不適法である。
なお、請求の受理、その他被告の措置を違法であるとする原告の主張事実を否認して、次のとおり述べた。
一、訴外菅野福一外五十三名の代表者が、解職請求の要旨として掲記したところは、同人等の主観に基く理由であつて、地方自治法に認められた行政廳である被告の関知するところではない。被告は、請求代表者の提出した請求書が、所定の法律上の要件を具備していたから、これを受理したもので、その間何等の違法もない。
二、原告は、代表者が署名を強要したとか、多数の署名が、錯誤、詐偽、脅迫、利益、誘導、代筆によつてなされたと主張するが、これもまた被告の関知するところではない。
三、原告は、代筆署名三百名と主張するが、被告の審査の結果、代筆の疑ある者は十六名であり、右十六名については、調査の上自筆であることを確認したものである。また、昭和二十四年九月十四日から同月十六日までの間に、訴外佐藤吉藏外十四名から、署名取消願が被告に提出されたが、本件解職署名簿が被告に提出されたのは、同年同月十二日であり、被告は、翌十三日名簿照合を完了して署名簿を受理したので、右取消願の提出は、その後のことであり、且つ請求代表者を通さないで提出したものであるから、これを考慮しなかつたのである。印刷物云々の点も、全然被告の知らないところである。
四、原告は、署名に対する再審査を要求したが、解職請求の必要々件にけんけつがなかつたから、被告は、解職投票の告示をしたのである。
五、投票の結果が、原告主張のとおりであることは、これを認める。これに対し、原告は、昭和二十四年十月二十八日異議の申立をしたので、被告は、直ちにこれを却下したが、原告は、訴願の申立をしなかつた。
これを要するに、被告は、地方自治法の規定によつて管理委員会に附與された職務権限を適法、嚴正、公平且つ迅速に行使したもので、何等法規に違背するかどがないから、原告の請求は失当であると述べ、甲第十四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。
四、理 由
地方自治法第八十條第一項、第三項、第八十三條、同法施行令第百十三條の規定によれば、普通地方公共團体の議会の議員の解職の請求があると、当該選挙管理委員会は、これを所定の選挙人の投票に附さなければならないのであり右投票において過半数の同意があつた議員は、地方自治法第八十二條第一項所定の公表の日においてその職を失うのである。右投票には、同法第八十五條の規定により第四章の規定が準用されるのであるから、同法第六十六條第一、二項、第四項、第八項、同法施行令第百十五條の規定により、選挙人普通地方公共團体の議会の議員及びその解職請求代表者は、解職の投票の結果の効力に関し、異議があるときは、所定の期間内に、当該市町村の選挙管理委員会に対しこれを申し立て、その決定に不服がある者は、都道府縣の選挙管理委員会に訴願をし、その裁決に不服がある者は、初めて所定期間内に高等裁判所に出訴することかできるのである。右規定やその他の地方自治法の選挙爭訟に関する規定を通覧するに、選挙に関する訴訟は、第一に投票が行われた後、異議訴願の段階を経て、初めて司法裁判所に出訴することができるのであり、投票の行われるまでの過程における行政処分につき、投票の行われる前に、その取消又は変更を求める訴の提起を許していない。第二に、選挙訴訟又は当選訴訟(解職請求の場合は、投票の結果の効力に関する訴訟。)としてのみ、司法裁判所に出訴することができるのであり、投票の行われるまでの過程における行政処分については、独立して、その取消又は変更を求める訴の提起を許していない。第三に、選挙訴訟及び当選訴訟の第一審の受訴裁判所は、高等裁判所であつて、地方裁判所は、選挙のいかなる段階における異議についても、管轄権を認められていない。以上のことから、地方自治法は、普通地方公共團体の選挙を重視し、その施行を妨げる一切の訴を排除し、選挙に関する訴訟は、総て、投票が行われた後、選挙訴訟又は当選訴訟(同上。)としてのみこれを提起することができるものとし、しかもその重要性に鑑みて、高等裁判所にのみ出訴することができるものとしたのであり、投票が行われるまでの過程における行政処分については、前記訴訟において、その違法を主張すべきものとし、これについては、地方裁判所に対しては勿論、高等裁判所に対しても、独立に、その取消又は変更を求める訴を提起することを許さないものであると解して差支ない。
なお、解職の請求があつても、投票の結果過半数の同意があるかどうかは、何人も予測することのできないところであるから、解職の請求を受けた議員は、請求受理から投票にいたるまでの過程における行政処分の取消又は変更を求める利益を有しないものと解するのを相当とするのみではなく、地方自治法施行令第百十四條第百五條の規定によれば、解職賛否の投票の結果、過半数の同意のあつた議員でも異議に対する決定、訴願に対する裁決又は裁判所の判決が確定するまでは、その職を失わないのである。このように法は、過半数の同意のあつた議員の立場に深い考慮を拂つて、その保護に万全を期し、その救済に間然するところのない途を開いているのであるから、投票の行われる前に、あわてて、投票を阻止するような方法に訴える必要を認めない。この事実も、前段の解釈の正当性を裏づけるものということができる。
原告の請求の原因は、前掲事実の部に記載したとおり、解職請求の理由を不当であるとし、投票の行われる前における被告の行爲を云々して、投票の行われる前に、当裁判所に本訴を提起したものであるが、当裁判所の見解は、以上のとおりであるから、かかる訴を当裁判所に提起するのは、許されないところであるといわなければならない。
よつて、原告の本訴は、その主張事実の存否を判断するまでもなく、不適法な訴であることが明らかであるから、これを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して、主人のとおり判決する。
(裁判官 松浦欣 斎藤規矩二 野村喜芳)